石切劔箭神社上之社

現在の石切東方にあたる宮山に饒速日尊を祭祀したのが、神武紀元二年のこと。その後慶安三年(1650)に、光堂山に御遷宮が行われ、爾来石切の奥の院として崇敬されております。かつては、宮山の上之社、光堂山の中之社、現在の御本社である下之社とがあり、現上之社の御本殿は約460年前に、下之社として造営された室町時代の建築です。その後、昭和6年に下之社(現本殿)建立を機にして解体保存され、昭和47年に再興されました。