神武天皇とフツノミタマの劔

鳥見の里が繁栄をきわめていた頃、神武天皇は日向の高千穂から東へ進攻を続けていました。
河内に上陸し、孔舎衙坂(現在の石切霊園のあたり)から大和へ向かう神武天皇の軍勢を見て、長髄彦は「平和で豊かなこの国を奪われてなるものか」と、戦をしかけます。土地に詳しく勇猛な長髄彦の軍勢に皇軍は総崩れとなり、退却を余儀なくさせられます。
哮ヶ峰の麓の高庭白庭の丘に兵をまとめた神武天皇は、かたわらの巨石を高々と蹴り上げて武運を占い、また高天原の神々をこの地に招来して祈りを捧げ、敵味方なく戦死者の霊を祀りました。
神武天皇は、「自らが日の御子であるのに、日が昇る東の方角に弓を引いたのが誤りであった」と考え、熊野から大和へと、日を背にして入ることにしました。ところが、熊野の女王、丹敷戸畔の軍から毒矢が放たれ、皇軍は一人残らず気を失い全滅の危機にさらされます。そこへ馳せ参じたのが、かつて豊前の宇佐で饒速日尊と別れて熊野に入り、高倉下命と名を変えた天香山命でした。高倉下命がフツノミタマの劔を献上すると、不思議にも熊野の荒ぶる神々はことごとく倒れ、それまで倒れ伏していた皇軍も皆生気を取り戻しました。こうして再び、大和への行軍がはじまります。